信じられない強さだ。
クリストファーは目の前で繰り広げられる戦場の光景に、言葉を失い立ち尽くしていた。煙と炎が渦巻く城下町の通りは、まるで悪夢のように歪み、瓦礫と燃え盛る木材が散乱する中で、戦いは目にも止まらぬ速さで進行していた。
あの黒いマントの男――自分を絶体絶命の危機に追い込んだ強敵は、瞬く間にジークの手によって無惨にも斃された。
しかし、驚愕はその直後に続いた。ジークと女魔王は、まるで舞うように戦場を駆け抜け、襲撃してきた龍神族の手下たちを次々と薙ぎ倒してゆく。二人の動きはあまりに速く、クリストファーの目には一つひとつの攻撃が追えず、ただ残像が交錯するのみだった。剣術と魔法が融合するたびに閃光と轟音が巻き起こり、龍神族の兵士たちはまるで雨粒のように散らされてゆく。
特に圧倒的だったのは、ジークの剣の一振りだ。目の前で、黒マントの男よりもはるかに強い敵五人が彼を取り囲んだとしても、瞬く間に全員が地に伏せ、戦意を喪失していた。
その光景は、クリストファーの脳裏に深く刻まれた。あの大型のドラゴンでさえ、女魔王の手から放たれた雷魔法の一撃により、激しい悲鳴も上げぬまま沈黙した。
「強さの次元が違いすぎる……」
言葉にならない感嘆が胸に渦巻く。クリストファーは息を呑み、二人の戦いに見惚れたまま、戦場の一角に立ち尽くした。
「さて、あらかた片付いたかしらね」
静かに、しかし冷徹な声が戦場の喧騒を貫いた。襲撃してきた200名もの龍神族の手下は、ほとんどが二人の手によって倒されていた。血と破片の中で、彼らの呼吸は乱れず、微塵の疲労も見せない。その圧倒的な存在感は、もはや人間の範疇を超えていた。
「まさか、魔王と手を組んで戦う日が来るとは……思ってもみなかったな」
ジークが微かに笑い、女魔王に視線を向ける。
「同感だ。お前と手を組むなんて虫酸が走る思いだが、今日だけは仕方がない。私も、この国には一宿一飯の恩があるからな」
女魔王は冷静な声で答えた。目も合わせず、戦場を冷徹に見据えている。だが、その視線の奥には確かな知性と計算が宿っていた。
「これだけの兵を動かすとなれば、指揮をとる者がいるはずだ。恐らく城下町の門付近にいるだろう」
「そうだな。あれだけの実力者を束ねるには、相応の力量を持つ者に違いない」
二人は無言のまま、城下町の門へ向けて歩みを進めた。
「待ってください。私も連れて行ってください!」
クリストファーの声に、女魔王がゆっくりと振り返る。
「坊や。実力が足りないのに付いてくるのは危険よ。家に帰りなさい。今日の後始末は私がやる」
冷たくも的確な助言。しかしクリストファーは、決意を込めて返す。
「私に実力が足りないのは、貴方たちを見て痛感しました。それでも私はこの国の騎士団長です。最後まで戦いを見届けさせてください」
女魔王は一瞬、視線を鋭くしたが、すぐに冷たい眼差しを柔らかく変える。
「足手まといは要らないよ。もし捕まっても、躊躇はしない」
「構いません。もし人質にされるなら、私ごと斬ってください」
真っ直ぐに答えるクリストファー。女魔王の眼差しは冷たくはなく、温かさすら感じられた。
「邪魔だ。お前は騎士団長だろ。帰る者を待つ者がいる。早く戻りなさい」
その言葉には、ただの指示ではなく、思いやりが込められていた。王の臣として、民を守る騎士団長としての自覚を促す、優しい厳しさだった。
「それでも、お願いします!連れて行ってください」
その懇願に応えるかのように、ジークが横に立った。
「その勇気に免じて連れて行ってやる。おい、魔王!いいだろ?何かあれば俺が守る」
女魔王はため息をつき、言葉なく門へ向かって歩き始める。
5分ほど歩く城門へたどり着いた
門の前には、二人の剣士が立ちはだかっていた。
一人は身長二メートルを超す巨漢、もう一人は160センチほどの小男。二人とも体格に匹敵する巨大な剣を携えている。その存在だけで戦場の空気が凍りついた。
「あんたらが指揮官か」
女魔王の低く冷静な声が響く。
「そうだ。我らは龍神族の配下、ハヨネイ兄弟だ!貴様らが我らの侵略を邪魔したのか!許さん!」
「いいから、さっさとかかってきな。時間の無駄よ」
女魔王は静かに言い放つ。
「時間の無駄だとーー!?怒りを後悔させてやる!」
ハヨネイ兄弟は、一瞬で女魔王に襲いかかる。あまりの速度に、先ほどまでの兵たちとは格が違うことが一目でわかった。
バキッ!ガキィーン!
二つの衝撃音が同時に鳴り響く。
女魔王は小さい方のハヨネイの剣を受け止め、ジークは大きい方のハヨネイを蹴り飛ばしていた。
「男二人が女に挑むとはな……まぁ、勝てるわけもないが」
ジークは蹴飛ばされたハヨネイに向かって歩む。
「お前の相手は俺だ」
巨漢ハヨネイは突進するも、ジークは片手でその巨体を受け止め、軽々と制した。
「その程度の力か。見かけ倒しだな」
その冷静さに、巨漢は唖然とした表情を浮かべる。
ジークの剣が光を裂くたび、無数の斬撃が巨漢の体に刻まれ、鮮血が飛び散る。
クリストファーにはその一瞬のうちに繰り出された剣技が全く見えず、ただ光と影が交錯するだけに映った。
「おっ…あ……」
巨漢ハヨネイは声すら上げられず、その場に倒れた。
「またつまらぬものを斬ってしまった…なんてね」
ジークの方の決着がつき、次は女魔王に目を向けた。
女魔王との鍔迫り合いをしていた。
小さいハヨネイは大きいハヨネイが敗れたことに気づき表情が変わる。
「弟よ…きさまらぁ!!」
怒りで身体を震わせる。
そして、分が悪いと感じたのか、小さいハヨネイは背を向け逃走する。女魔王は冷ややかに、しかし確実に追撃の構えを取る。
「私から逃げられると思ってるの?ゲームじゃ魔王との戦いは逃げられないのよ!」
両手を伸ばすと手のひらに黒光が収束し、六芒星が浮かび上がる。中心から発せられる一条の黒光が小さいハヨネイに突き刺さり、背中を貫いた。
その一撃で小さいハヨネイは倒れ、戦いは終息する。
「さて、一宿一飯分は働いたかしら」
女魔王は手をパンと叩き、埃を払う仕草を見せる。
「王宮に戻ろう」
ジークの言葉に二人は歩き始める。クリストファーの心は、戦場の余韻と圧倒的強者の存在に震え続けていた。
彼らの背中は、かつて見た誰の背中よりも大きく、光輝いて見えた。
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