クリストファーが城下町に足を踏み入れると、目の前には想像以上の混乱が広がっていた。
町中は騒然としており、一般市民は恐怖に駆られ、叫び声をあげながら街路を駆け回っていた。燃え上がる家屋の炎は、黒煙となって青空に立ち上り、街全体を赤黒く染めている。崩れ落ちた瓦や破損した家屋の残骸が通りに散乱し、どこから火の手が燃え広がるかわからない状況だった。
「たかが200程度の兵で、この世界最大の王国に挑むとは……馬鹿げた話だ」
クリストファーは呟き、被害状況を上から冷静に見渡した。
確かに、トワイザラン王国は世界最大規模を誇り、その騎士団の総勢は20万人以上。さらに魔法兵団を加えれば、戦力は余裕で30万人を超える。氷の騎士団だけでも4万人以上が所属しており、見習い騎士や見習い魔法兵、必要があれば徴兵可能な一般市民を加えれば、国全体の戦力は150万人以上に達するだろう。
だが、この城下町に駐屯している兵力は限られていた。王宮に滞在している正規兵は、氷の騎士団がわずか2500人程度、土の騎士団も同じく2500人、炎の騎士団は5000人程度。少なく見積もっても、この場にいる兵力は計1万人に過ぎない。
200人ほどの敵であれば、十分に圧倒可能だ。
「トワイザランを舐めた代償は、必ずや高くつくことになるだろう」
クリストファーは心の中で静かに呟き、城下町の一角に集まった兵士たちに指示を出す。
「ここを我々氷の騎士団の陣地とする。行動は3人1組、演習時の組み合わせで動け。まずは国民の安全確保が最優先だ。保護した市民は必ずこの陣地に連れて来い。第1部隊から第8部隊、計1200名はここに残り、保護された国民の手当てと安全確保に回れ」
兵士たちは即座に指示を理解し、それぞれの持ち場に散っていく。
副団長のチリアが少し眉をひそめて意見を述べた。
「クリストファー様。少し消極的ではありませんか?陣地の防衛人数が多く、指示も討伐ではなく、保護がメインでしたが」
「いいんだ、チリア。相手は200程度だ。すぐに鎮圧できる。それに、土の騎士団も出陣している。レビンのことだから、彼らは自軍の防衛や市民の保護を考えず、ただ敵を討つことだけに集中するだろう。俺たちは彼らの暴走を補うために、バランスを取らねばならん」
チリアは納得したように軽く頷いた。
そう、今回は多勢に無勢。焦ることはない。敵はすぐに鎮圧される。
陣地にて約30分待機していると、数百メートル先で突如大きな爆発音が響いた。
振り向くと、一軒の民家が吹き飛び、破片が私たちの陣地まで飛んでくる。
「一体、何事だ!!」
爆発地点の方角を見上げると、民家の瓦礫の間から巨大なドラゴンの顔が覗いていた。
「龍神族はドラゴンまでも配下に置いていたのか……!!」
その直後、戦場に向かっていた騎士の何名かが慌てて戻ってきた。
「クリストファー様、報告です!敵には数匹の大型ドラゴンが含まれており、一般兵も雑兵ではありません。全く鎮圧が進みません。土の騎士団の半数もやられ、我々氷の騎士団の出撃部隊もほぼ壊滅状態です」
「な…何だと!!」
予想外の状況にクリストファーの冷静さは一瞬にして崩れた。焦燥の中、打開策を必死に模索するが、頭が真っ白で何も浮かばない。
「くっ……仕方ない、私が出る」
「副団長のチリア、ここは頼んだぞ」
そう言い残し、クリストファーは戦場に足早に駆け出した。
甘く見ていた200人が、これほど強力だとは……。敵一人ひとりの力量は予想をはるかに上回っていた。戦場は動揺し、士気を保てずにいる。まずは前線に出て、体制を整えねばならない。
走る途中、上空から黒く渦巻く殺気を感じた。
とっさに身を翻すと、黒いマントの男が剣を突き立てて落下してきた。
剣先が地面に衝突すると、周囲5メートル程の地面がひび割れ、爆風が巻き起こった。
クリストファーは言葉を交わす間もなく剣を抜き、一閃した。
男は剣で攻撃を受け止め、斬りかかるも阻止され、また斬り返す……一進一退の死闘が続いた。
「まさか俺がこんな苦戦を……」
このレベルの敵が200もいるのか。確かにヤバい。
しばらく斬り合った後、クリストファーは距離を取り、問いかけた。
「お前ぐらい強い奴が他にもいるのか?」
「俺は今回の襲撃隊の中じゃ下の方だぜ!逆に聞くが、お前より強いやつはどれぐらいいる?」
そう言いながら男は一気に間合いを詰め、斬りかかってきた。
速すぎて反応が間に合わない。クリストファーは左肩に大きな一撃を受け、地面に膝をつきかけた。
「くっ……最悪の答えだな……」
「くくくっ!まさかお前より強い奴はいないのか?だとしたら、この王国はもう終わりだな!」
男は不気味に笑い、首を傾げた。
今日は最悪の日だ。
17歳にして世界最大の王国の騎士団長になった自分は、無敵だと慢心していた。異世界から来た勇者と魔王、そして龍神族の手下たち……自分を超える存在がこれほどまでにいるとは思わなかった。
「これで終わりだ……」
男が再び襲いかかろうとしたその瞬間、クリストファーの横を閃光が駆け抜けた。
光は男に直撃し、小さな爆発を生む。
「くくかっ!貴様、何モンだ!」
振り返ると、そこにはジークと女魔王が立っていた。
「迷子の勇者と魔王様だ!!!」
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