訓練場で様々な出来事があったものの、遂に王と勇者たちの謁見の時がやってきた。
王は玉座に堂々と腰を下ろしていた。玉座は大理石でできており、細かい彫刻や金の装飾が施され、天井から差し込む光を受けて煌めいている。玉座の脇には、背筋を伸ばし、まるで玉座の守護者のように立つムー大臣の姿があった。
王の前には深紅の絨毯が一直線に伸び、両端には金糸で縁取られた模様が光を反射していた。その両脇には、私たち騎士団長を含む家臣18名が整然と列を成し、鎧を光らせながら王の御前に立って待機している。石造りの広大な王宮の中に響く私たちの足音は、荘厳な静寂の中にわずかに反響し、緊張感を一層高めていた。
定刻になると、王の間の重厚な扉がゆっくりと開かれ、ジークと女魔王の二人が入ってきた。二人は絨毯の上を落ち着いた足取りで歩み、王の元へと進む。その歩みは、まるで運命に導かれるかのように確かで、重厚な天井の光を浴びて二人の影が長く床に伸びていた。
王の前には五段の大きな階段があり、二人はその前で膝をついた。この国では、王との謁見はこの距離で行うのが習わしであり、会話もまた同様である。謁見前に教えた通り、二人はその作法を忠実に守っていた。
勇者と呼ばれるジークなら理解できるとしても、魔王と呼ばれたあの女までが王の前で膝をついたことには、やはり驚きを禁じ得なかった。
「まだ傷も癒えず、疲労も残っているであろうに、呼び出してすまなかったな」
王が静かに話し始める声は、玉座の高さも相まって堂々と王宮全体に響き渡った。威厳と品格を伴った深い声であり、王の存在感を誰もが無意識に意識せずにはいられない力を持っていた。
「いえ。私も早くこの世界のことを知り、1日も早く元の世界へ戻れる方法を探したいと思っていましたので、呼ばれて良かったです」
ジークの声は落ち着き、誠実さが滲み出ていた。過剰な媚びやお世辞はなく、正面から王に向き合う態度であった。
「戻れる方法か…。わしらもお主らがこの地に来た経緯は分からぬ。力になることもできぬ。しかし、お主らがここに来た理由は理解しておる」
「理由…?」
ジークは軽く首をかしげた。
「遥か昔、この地には人間以外の多くの種族が存在していた。しかし、邪悪な種族がおった。その名は『龍神族』。見た目は人間とほとんど変わらぬが、ドラゴンの如き強靭な肉体と、神の如き深き叡智と魔力を兼ね備えた、最強の種族じゃ」
王の表情は次第に暗くなり、声も低く重くなる。話の内容が、王自身の心に深い影を落としていることが見て取れた。
「龍神族は全ての種族を超越する自らこそが世界を統べるに相応しいと考え、配下にならぬ種族を次々と滅ぼしていった。世界の種族が十の一ほどに減った1200年前、世界中の強大な魔力を持つ十名の賢者が集まり、龍神族は封印された。しかし、つい一年前、その封印は解け、世界は再び龍神族の脅威に晒されておる。各地の町や王国が次々とその支配下に落ち、一部の王国は龍神族に従う者も現れ、かつての勢力を徐々に取り戻しているのじゃ」
ここまで語り終えると、王の瞳が一瞬輝きを増した。その光は、希望の光でもあり、運命を見通す力を帯びた鋭い輝きだった。
「そして、その絶望の中に現れたのがお主ら二人じゃ!我が祈りの間で龍神族を打倒する救世主の出現を祈ったとき、まさにこの二人が現れたのじゃ!これを運命と言わずして何と言うか!お主らは龍神族を倒し、この地に平和をもたらすために、異世界から来たのじゃ!どうか力を貸してほしい。先ほどレビンや土の騎士団たちとの一戦で、驚異的な力を見せてくれたと聞いておる」
王の顔には久々に見る晴れやかな表情が浮かんでいた。長らく苦悩と責務に沈んでいた王の顔が、まるで子供のように期待と希望に輝いている。その視線は、この二人に全てを委ねる覚悟を示していた。
しばし沈黙が続いた後、勇者ジークが口を開く。
「王様…」
「どうじゃ?引き受けてくれるか?」
王は無邪気にも見えるほど目を輝かせ、期待に胸を膨らませる。
「申し訳ありませんが、お断りします」
その一言で、王宮全体に張り詰めた緊張が走った。
「な…なぜじゃ?」
王の顔色が一瞬にして曇った。
「こちらの世界の事情は理解します。ですが、私はこの地のことは何も知りませんし、守りたい物もありません。それなのに、命を懸けて依頼を受けるほど、私はお人好しではないのです」
ジークの断りは明確で、堂々としていた。勇者だからといって、全ての困っている者を助ける存在ではないことを、ここで示している。正当な理由であり、二日前に訪れたばかりの土地で命懸けの依頼を受けるにはあまりにも不合理だった。
「私もお断りします」
続けて女魔王が口を開いた。
「私も一族を統べる王として、あなたのお気持ちは理解できます。しかし、私も一日でも早く国に帰り、民を安心させたいのです」
その言葉と立ち振る舞いから、魔族は凶暴で野蛮な存在という先入観が覆される。女魔王は凛としており、王者の風格と気品を漂わせていた。
「ですが、王様」
ジークが再び言葉を続ける。
「私たちもいつ帰れるか分かりません。これから世界を巡り、帰る方法を探すつもりです。その途中でこの地を愛し、守りたいと思えた時には力をお貸しします」
そして二人は王に背を向け、王宮の出口へと歩き始めた。
王は頭を垂れ、体を小刻みに震わせている。心中は無念だろうが、事実として自らの願いは拒絶されたのだ。
その瞬間、火の騎士団長サランが声を張り上げた。
「待て!!!」
王宮の広間に鋭い声が響く。サランは王国最強の騎士であり、紅き剣を手に威風堂々と立つ。
「我が国王の願いを拒む者を、この場からは通すわけにはいかぬ!」
二人は戦う意思を見せずとも、王の威光に背を向けたまま歩を止めない。
「やめてください。私たちは力にはなれませんが、傷の手当や一宿一飯の恩はあります。戦うつもりはありません」
「その口ぶり、まるで私に勝てるかのようだな。レビンには勝ったかもしれぬが、私は違う」
サランは紅い刀身の剣を抜き、ジークに向けた。
その時、背後の扉が勢いよく開き、一人の騎士が駆け込んできた。
「国王、大変です!城下町に龍神族の配下が侵入してきました。数は二百程度。龍神族本人はいませんが、その配下の種族とモンスターです」
「なんじゃと!!レビン、クリストファー!騎士たちを引き連れて城下町へ行け!サランはこのまま王宮に残り、護衛に回れ!」
「はい!!」
指示通り、私は氷の騎士団を率いて城下町へと駆け出した。王宮の荘厳な柱や高くそびえる天井は、後ろに残る戦火を予感させつつ、私たちの緊張をさらに引き締めていた。
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